お金では買えないもの
夏休みの新幹線のホームを思い浮かべてみてください。
大きな荷物を抱えた家族連れが、列車内へと吸い込まれていく。
その光景は、毎年この季節になると繰り返される、日本の原風景です。
帰省にかかる交通費も、実家へのお土産も、カードで支払えます。
でも、久しぶりに顔を見せた孫の姿に目を細めるおじいちゃんの笑顔は、
どんな高額なカードでも、決して決済できません。
マスターカードが長年使い続けているキャッチコピー、
「Priceless(プライスレス)」。
「お金で買えない価値がある」という、あのメッセージです。
幸せ、愛、信頼、友情…
お金では買えないものを挙げれば、きりがありません。
おそらく先生も、そのことはよくわかっているはずです。
では、改めて問いかけさせてください。
先生は今、何のためにお金を稼いでいますか?
開業資金の返済があるから…
家族を養わなければならないから…
もっと良い設備を導入して、より良い治療を提供したいから…
どれも正直な答えだと思います。
でも、返済が終わったとき、生活が安定したとき、
「次に何のために稼ぐのか」、即座に答えられますか?
この問いに迷いなく答えられる院長は、実は多くありません。
そして、この問いへの答えが曖昧なままでいると、
経営にある種の「迷走」が生まれやすくなります。
今回は、お金の「使い方」ではなく「意味の持たせ方」について、
歯科医院経営を滞らせにくい思考の方向性をお伝えしたいと思います。
お金があっても満たされない
経営が安定してくると、手元に残るお金が増えてきます。
返済も軌道に乗り、生活にも余裕が出てくる。
それ自体は、間違いなく喜ばしいことです。
ところが、そのタイミングで妙な「迷走」が始まる院長を、
私はこれまで何人も見てきました。
承認欲求の罠
高級外車、ブランド時計、会員制のゴルフ場…
その所有自体が悪いわけでは、もちろんありません。
問題は、その購入の動機です。
「自分が本当に欲しいから買う」のであれば、何も言うことないです。
でも、「周りが羨ましがるから」「すごいと言われるから」という理由で
買い物を続けるようになると、話は変わってきます。
買って、自慢して、SNS上でも反応をひとしきり受け取る…
しばらくすると飽きて、次の「すごいもの」を探し始める…
その繰り返しにハマる方の何と多いことか。
経営が順調に回っている間は、まあ「ご愛嬌」で済みます。
でも満足の閾値は上がり続ける一方で、
どこかで必ず「これじゃない感」に追いつかれます。
「自分以外に使う」だけでは解決しない
では、他者のためにお金を使えばいいのか。
食事を奢る、プレゼントをする——確かに自分だけに使うよりはいい。
ただ、与え続けるだけの関係には、落とし穴があります。
相手はいつしか、先生を「財布」として見るようになる。
奢られることが当たり前になり、感謝も薄れていく。
これでは、お金を使うほど関係の質が下がっていくという、
皮肉な結果を招きます。
自分のためでも、他者のためでも、
「なぜ使うのか」という軸がなければ、お金は迷子になります。
そして、お金が迷子になっている院長は、
経営の判断軸も少しずつブレていきます。
不幸の買い上げ
では、どんな方針でお金を使えばいいのか?
私がおすすめしたいのは、少し変わった発想です。
「不幸をお金で買い上げてしまう」
という使い方です。
幸せはお金では買えないかもしれない。
でも、不幸の火種ならお金で消せることが、意外と多い。
先生にも思い当たる節はありませんか?
「不幸の買い上げ」とは何か
たとえば、比較的関係の深い人が
なんらかのトラブルにハマりそうだと
あなたが察知したとしましょう。
そんな時、(調査は必須ですが)
あなた自身の人脈・財力などを許容できる範囲で捨堂させて、
黙ってそのトラブルを巻き取ってしまうのです。
表向きは「負け」に見えるかもしれません。
損をしているように見えるかもしれません。
でも、争議が消え、関係が守られ、相手の表情も変わる。
これを「粋」と言わずして、何と言うのでしょう。
大切なのは、平等にやる必要はないということです。
義務でも責任でもない。
気分と縁と、自分の余力で決めれば良いでしょう。
それくらいの気ままさが、かえって長続きします。
「恩の押し売り」
感謝されることも、もちろんあります。
恩なんて、売れる時に売っておいてそ恩はありません。
第一、気分良くないですか?
こんな自己満足は悪くないと思っています。
そして、こっそり助けておいた相手が、
先生がピンチのときに、そっと手を差し伸べてくれることもある…
(まぁ、期待はほどほどにしておくべきでしょうが…)
損して得とれ、という言葉がありますが、
不幸の買い上げは、その洗練された形の1つ
だと私は思っています。
打算でなく、でも無計算でもない。
そのバランスが、院長として、人間としての
「器」を大きくしてくれる可能性も高いでしょう。
歯科医院経営における「不幸の買い上げ」
これは個人的な対人関係だけの話ではありません。
歯科医院の現場にも、同じ発想は活きます。
長年通ってくれている患者が、
治療の選択肢を前にして、経済的な事情で迷っている…
そのとき、先生が
使用する材料をワンランク引き上げる…
処置に少し時間をかける…
先生自身の利益を圧縮する…
それは施しではなく、先生自身の「働く意義」の実践です。
とはいえ、ボランティアになれとは言いません。
ただ、「この人の不幸の火種を”自分なら消せる”」と感じたとき、
それを実行できる経済的・技術的な余力を持つこと。
その余力を作るために経営を伸ばす、という動機は、
非常に力強い推進力になります。
※診療に関する「院長判断」は
基本的には自由診療で行ってください。
※自由診療における対応は、各歯科医院の経営判断と
医療広告ガイドラインの範囲内でご判断ください。
自分は何のために…
「何のために働くのか」
この問いに答えられない院長は、
経営の局面ごとに判断が揺れやすくなります。
自由診療の成約に迷う。
スタッフへの投資をためらう。
設備更新のタイミングが決められない。
これらの迷いの多くは、「軸」がないことから生まれています。
逆に言えば、働く意義が明確になった瞬間から、
判断は驚くほどシンプルになります。
「この判断は、自分が大切にしたい人を守れるか」
その問いに照らせばいい。それだけです。
「不幸を消せる院長」になるために
不幸の買い上げができる院長には、条件があります。
経済的な余力と、(診療に限らない)技術的な自信と、精神的なゆとり。
この三つが揃ったとき、初めてそれは実行できます。
つまり、歯科医院経営を伸ばすことは、
「もっと稼ぎたい」という欲求のためだけではないのです。
自分が大切にしたい人の不幸を消せる力を持つため、
という意義に変わります。
その意義を持った院長の経営判断は、ブレません。
迷いが減り、行動が速くなり、結果として数字もついてきます。
私がコンサルに入った歯科医院でで見てきた、
増収増益を実現した院長に共通するのは、
「稼ぐ理由」をいつでも熱く語れるほど
誇りと共に腹に落ちている、という点です。
今日、最初の一歩として
難しいことは何もありません。
まず、紙に一行だけ書いてみてください。
「自分は何のために、この歯科医院を経営しているのか」
答えはすぐに出なくていい。
でも、その問いを「持ち歩く」だけで、
日々の判断の質は少しずつ変わり始めます。
お金では買えないものがある。
でも、お金があるからこそ周囲が殺伐としない、させない…
その事実を、先生の「働く意義」の中心に置いてみてください。
経営を伸ばすことが、たいせつな人物の苦悩を見なくて済む…
そう思えた瞬間から、先生の歯科医院経営は、
間違いなく、そして例外なく新しいステージに入ります。









