先日、ある歯科医院の院長先生からこんな悩みを打ち明けられました。
「かといって、患者の希望だけに合わせると医療者としての良心が痛む…」
こんな悩み、あなたにも心当たりはありませんか?
歯科医師である私たちは、
常に二つの相反する役割の間で揺れ動いています。
一方では、高度な医学知識を持つ医療プロフェッショナルとして。
もう一方では持続可能な歯科医院を運営するビジネスオーナーとして。
この二面性こそが、
歯科医院経営の最大の特徴であり、最大の難題なのです。
多くの院長先生は大学で医療技術や倫理について学んできました。
しかし、患者心理やマーケティング、経営については、
ほとんど教わっていません。
結果として、
「良い医療を提供すれば患者は自然と集まる」
という思い込みを持ったまま開業します。
しかし現実はどうでしょう。
あなたの歯科医院の待合室はいつも患者で溢れていますか?
優れた治療技術を持つ先生ほど
「なぜ患者は最適な治療を選ばないのか」と悩みがちです。
実は答えはシンプルです。
歯科医師として私たちは
「正しい歯科医療」を提供しようとしていますが、
患者は「自分の欲求」で動いているのです。
この両者のギャップこそが、
歯科医院経営を特別に難しくしている根本原因です。
私自身も開業当初から経営危機を乗り越えるまでは、
「真っ当で正しい治療を提供しているのに患者が増えない」
理由が全く理解できませんでした。
その後、経営の勉強や自院での検証で明確になったのは、
「医療従事者の縛り」と「患者の欲求の縛り」の両立が
成功への鍵だということです。
この二つの縛りは、一見すると相容れないように見えます。
しかし、これらを両立させることは十分に可能なのです。
なぜ歯科医院経営は特別に難しいのか?
〜二つの相反する要求〜
一般的なビジネスオーナーの方々は
「顧客の欲求に応える」ことを最優先に考えます。
カフェを経営するなら、
お客様が求める美味しいコーヒーと居心地の良い空間を
提供すればいいのです。
しかし歯科医院経営をするなら、そう単純にはいきません。
なぜなら、患者が「欲しいもの」と「必要なもの」に
大きな隔たりがあるからです。
例えば、前歯の審美性だけを気にする患者に対して
自覚症状が薄い臼歯のカリエス治療やペリオ治療の必要性を
説明しなければならない場面。
患者は
「痛くもないのに、今すぐ治療する必要はない」
と、考えるかもしれません。
しかしプロフェッショナルとしてのあなたは、
放置すれば将来的に重大なダメージとなる可能性を
懸念しているはずです。
ここに第一の縛り
「医療従事者としての責任」が生じるのです。
一方で、経営者としての側面も無視できません。
ユニットの稼働率はこれほど高くなく、
スタッフの給与は支払わなければならず、
機材のローンも残っている…
「患者が望まないなら強制はできないが、
このまま収益が伸びなければ経営が立ち行かなくなる…」
このジレンマが、第二の縛り
「ビジネスオーナーとしての現実」です。
この二つの縛りの板挟みこそが、
歯科医院経営を特別に難しくしている
本質的な理由なのです。
医師や弁護士など、
他の専門職にも似た要素はありますが、
歯科ほどこの二面性が顕著な業種は少ないでしょう。
なぜなら、歯科治療の多くは
「患者が自覚できる緊急性が低いにも関わらず侵襲性が高い」
という特徴を持つからです。
つまり、「今すぐ治療しなくても困っていない」けれど
「治療すれば怖い、痛い、出費がある、時間を奪われる」のです。
さらに自由診療の領域では、
保険診療よりも高額な費用が発生します。
患者にとっては
「困っていないのに、なぜ高いお金を払って
痛くて怖い思いをしなければならないのか」
という大きな疑問が生じるのです。
患者心理の理解と医療倫理の両立
〜理想的な歯科医院経営の姿〜
では、この二つの縛りを
どのように両立させればよいのでしょうか?
鍵となるのは「患者の本当の欲求」の理解です。
表面的には「安くて痛くない治療」を
求めているように見える患者も、
その奥には別の欲求があります。
「人前で自信を持って笑いたい」
「食事を美味しく楽しみたい」
こうした本質的な欲求に応えることで、
医療者としての責任と経営者としての成功の両立を目指します。
例えば、私のクライアントの歯科医院の院長は、
治療の説明を次のように変えました。
歯を失う可能性があるので、
今のうちに治療しましょう」
今この歯を守っておきませんか?」
同じ治療内容でも、伝え方を変えるだけで
患者の反応は大きく変わったのです。
これは「医療倫理に反する誘導」ではありません。
むしろ「患者が本当に求めているもの」を
言語化して伝えているだけなのです。
あなたの歯科医院では、
日々の説明において「治療の必要性」だけでなく
「治療がもたらす生活の質の向上」を伝えていますか?
また、患者が治療を拒む理由を理解することも重要です。
そして多くの場合、その背景には
「費用への不安」「痛みへの恐怖」「時間的制約」などがあります。
これらの障壁を一つずつ取り除くことで、
患者は医学的に最適な選択をする可能性が高まります。
例えば、以下のようなことです。
・痛みのコントロールの丁寧な説明
・短時間・喚起間で完了する治療計画の提示
こうした工夫が「患者の欲求に応える」と同時に
「最適な医療を提供する」という二つの縛りを
見事に両立させるのです。
重要なのは、この両立が「妥協」ではなく
「統合」であるという点です。
実践的アプローチ
〜明日から取り組める二律背反の解消法〜
それでは、明日から実践できる
具体的なアプローチを見ていきましょう。
以下の7つのアプローチは、歯科医院での成功実績の中でも
特に即効性の高い施策になります。
1. 治療の説明を「ベネフィット」中心に変更
「虫歯を治す」ではなく
「10年後も美味しく食事を楽しめる」と
伝えることで患者の本質的欲求に訴えかけます。
2. 診察室での会話を録音・分析
自分がどのような言葉で説明しているか
客観的に確認することで、改善点が明確になります。
3. 治療メニューごとに「患者の声」を収集
「この治療を受けて何が変わりましたか?」と質問しましょう。
実際の患者の言葉で治療のメリットを伝えられるようにします。
4. 医療としての質を担保する「最低ライン」を設定
「これだけは妥協しない」という
医療者としての基準を明確にしておくことで、
迷いなく患者と向き合えます。
5. 患者の潜在的欲求を引き出す質問リストを作成
「将来の歯の状態についてどんな不安がありますか?」など、
患者自身も気づいていない欲求を引き出す質問集を準備します。
6. 治療計画を「小ステップ」に分割
大きな治療計画を小さなステップに分けることで、患
者の心理的・経済的ハードルを下げられます。
7. スタッフ全員で”志”を共有
「私たちの歯科医院は何を大切にしているか」を
スタッフ全員で共有し、一貫したメッセージを
患者に伝えることが重要です。
これらの方法は、医療者としての誠実さを維持しながら、
患者満足度を高めるものばかりです。
あなたの歯科医院で、すぐに取り組めるのはどれでしょうか?
歯科医院の持続的成長のために
〜二つの縛りを味方につける発想の転換〜
このように、歯科医院経営における二つの縛りは
「制約」ではなく、むしろ「差別化の機会」なのです。
多くの院長先生が苦しんでいる状況を
あなたの強みに変えることができます。
医療者としての誠実さを保ちながら、
患者の本質的な欲求に応えること。
この「二つの縛りの両立」こそが、
長期的に成功する歯科医院の条件なのです。
明日からぜひ、患者との会話の中で
「この治療があなたの生活にどんな変化をもたらすか」
を意識して伝えてみてください。
「表面的な要望」と「本質的な欲求」の
ギャップを埋めることができれば、
あなたの歯科医院は確実に変わり始めます。
二つの縛りは、もはや足かせではなく、
あなたの歯科医院を飛躍させる翼になるのです。