“先生”というポジションを最大限に活用する
先日、ある講演会の懇親会で興味深い会話に
耳を傾ける機会がありました。
その場には様々な職業の方が集まっていましたが、
企業の経営者、店舗ビジネスのオーナー、
商社マンといった方々が共通して語っていたのは
「信頼される専門家になること」の難しさでした。
彼らは信頼を勝ち取るために
長い時間と多大な労力を費やしています。
しかし、あなたはどうでしょうか?
歯科医師であるあなたには、
他の職業には稀有な特権があります。
それは初診の患者が
診療室に入ってきたその瞬間から
あなたを「先生」と呼んでくれることです。
この「先生」という呼称が持つ価値に
あなたはどれだけ気づいているでしょうか?
多くの院長先生は、
この「当たり前」の状況に慣れすぎて、
その特権性を見落としているように思います。
実はこの「先生」という呼称には、患者が
『あなたを信頼する準備がすでにできている』
というサインが込められています。
患者はあなたを教え導く立場の人として認識し、
その言葉に耳を傾ける心構えができているのです。
しかし残念なことに、
この特権的ポジションを十分に
活用できていない歯科医師が非常に多いのが現状です。
多くの院長先生が「治療技術の向上」や
「最新設備の導入」に注力する一方で、
この「先生」という呼称が持つ力を
活かし切れていません。
振り返ってみて、あなたはどうでしょうか?
患者から「先生」と呼ばれることを
単なる敬称と捉えていませんか?
それとも、この呼称に込められた期待と信頼を
最大限に活かすべく努力していますか?
今回は一度、「先生」というポジションの本質を
見つめ直してみる良い機会になるはずです。
患者のベストアドバイザーになる
なぜ患者は予防や自由診療に踏み切れないのか?
歯科医師として日々診療にあたる中で、
こんな経験はありませんか?
「定期検診の重要性を何度説明しても
なかなか予約してくれない」
「明らかに審美治療が必要な患者なのに
保険内での治療にこだわる」
「インプラントを勧めても『考えておきます』
と言ったきり、次回来院時には
入れ歯を希望してくる」
これらは決して珍しい現象ではなく、
多くの歯科医院が直面している現実的な課題です。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
その本質は非常にシンプルです。
患者は「必要性を実感していない」のです。
予防歯科については
「痛くなければ歯医者に行く必要がない」
という古い価値観が根強く残っています。
また自由診療については
「高額な費用を支払ってまで必要なのか?」
という疑問や不安が常に付きまとっています。
ある調査によると、日本人の約70%が
「歯の痛みがなければ歯科医院に行かない」
と回答しています。
これは先進国の中でも極めて高い数字です。
つまり患者は「知らない」のであって
「意識が低い」わけではありません。
彼らは歯の健康が全身の健康や
生活の質に直結することを
十分に理解していないのです。
また審美治療やインプラントなどの
自由診療についても同様です。
患者にとって自由診療は
単に「高い治療」であり、その価値や
将来的なメリットが見えていません。
歯科医師で院長先生であるあなたが
「当然のこと」として理解している専門知識を、
患者は持ち合わせていないのです。
当然そこには
『価値観のギャップ』が生じます。
そしてもう一つ重要なのは
「信頼関係の欠如」です。
いくら素晴らしい治療計画を提案しても、あなたを
「本当の意味での先生」として信頼していなければ、
患者はその提案に踏み切ることができません。
あなたが患者のためを思って
あなたが考えうるベストの提案をしても
上記の2つのどちらかに阻まれてしまえば、
その提案は決して受け入れられることはありません。
それでもなお、あなたが親切心をもって力説しても
『高額な治療を押し付けてくる嫌な歯科医師』
として、かえって心証や評判を下げるばかりです。
“先生”としての3つのアプローチ
では具体的に、患者があなたを
「単なる歯科医師」ではなく
「信頼できる人生と健康のアドバイザー」
と感じるために何をすべきでしょうか。
以下の3つのアプローチを意識することで、
あなたの「先生」としての価値は大きく向上します。
1. 教育者としてのアプローチ
これは最も基本的かつ重要なアプローチです。
(当然と言えば当然ですが)
患者が「知らない」ことを”先達”として
分かりやすく丁寧に教えてあげるのです。
例えば、定期検診を勧める際に
「3ヶ月ごとに来てください」
「そうすることで健康が保てますよ」
と言うだけでは効果は薄いでしょう。
代わりに
「初期の虫歯は自覚症状なく進行し、
気づいた時には神経の近くまで進行した状態です」
「歯周病は中等度以上まで進行しても
持続的な症状は少なく、
歯茎の下で深く静かに進行します」
「3ヶ月周期の検診で早期発見すれば
短時間の治療やメンテナンスで済み、
費用も時間も大幅に節約できます」
というような説明するのです。
重要なのは「なぜそれが必要か」を
患者が理解・想像可能な具体例で説明することです。
専門用語や学術的に込み入った説明を避け、
患者の日常生活や将来の生活の質に結びつけた
実感を伴うような説明を心がけましょう。
2. 信頼関係構築のアプローチ
患者があなたの提案を受け入れるかどうかは、
その提案内容よりも、
あなたへの信頼度で決まることが多いのです。
理不尽だと思うかもしれませんが、
患者は治療の本当の価値がわかりませんから
治療の優劣よりもあなたへの信頼度に
重きが置かれてしまうのは避けられません。
ですから、信頼関係構築のアプローチは
歯科医院経営を円滑に行う上では
学術的研鑽と同等の重要度があると認識すべきです。
そしてその信頼関係を構築するためには、
まず患者の話をしっかり「聴く」ことが不可欠です。
ある成功している歯科医院では、
初診時に患者の歯の悩みだけでなく、
仕事や家族のこと、趣味についても
質問する時間を設けています。
この歯科医院の院長は
「患者の生活背景を知ることで、
その患者の価値観を知り、その価値観に則した
最適な治療提案ができるようになる」
と語っています。
また、治療の選択肢を提示する際には、
メリットだけでなくデメリットも
正直に伝えることが信頼を高めます。
「このインプラント治療には
一時的には〇〇万円の費用がかかりますが、
長期的に見れば、入れ歯の煩わしさや
ブリッジで健康な両隣の歯を削る損失を
補ってあまりある恩恵を得ることができます」
というような具体的で、実際に想像がつくことでの
比較説明は患者の不安を和らげます。
3. 背中を押すアプローチ
患者が迷っている時こそ、真の「先生」の出番です。
例えば、審美治療を迷っている患者には
「あなたのように
人前で話す機会が多いお仕事の方には、
自信をもって笑える前歯は大きな武器になります」
と具体的なベネフィットを示します。
単に「きれいな歯になりますよ」ではなく
「この治療があなたの生活や人生に
どんな変化をもたらすか」を
伝えることが決め手となります。
重要なのは、押し売りではなく
患者の幸せを真に考えた上での
アドバイスであることです。
そんなアドバイスをするために
仕事や家族のこと、趣味やこだわりなど
一見治療に関係ないようなことを尋ねて
何が患者の幸せかを知るヒントにするのです。
共に成長するための関係構築
患者のベストアドバイザーとなり
真の意味で「先生」になることは、
単なる理想論ではありません。
これは患者と歯科医院の双方にとって
大きなメリットをもたらす
極めて実践的なアプローチなのです。
私がコンサルティングした歯科医院の中に、
これまで自由診療がなかなか成約せず
苦戦していた医院があります。
この医院の院長は治療技術に自信があり、
最新設備も導入していたにもかかわらず、
患者は保険診療ばかりを希望していました。
そこで「先生としての価値を高める」
アプローチを実践したところ、
わずか3ヶ月で自由診療の割合が
12%から28%へと大きく向上したのです。
なぜこのような変化が生まれたのでしょうか?
それは患者が
「この先生の言うことなら信頼できる」
と感じるようになったからです。
患者が本当に必要な治療を選択することで、
患者自身の口腔健康は向上し、
同時に歯科医院の経営も安定する。
この好循環こそが、真の「先生」に
なることの本質的な価値なのです。
さらに驚くべきことに、
こうした関係性が築かれると、
患者からの紹介率も自然と高まっていきます。
「あの先生は本当に私のことを考えてくれている」
という患者の声は、強力な紹介の原動力となります。
そして定期検診や予防歯科への移行もスムーズになり、
患者のリテンション率が向上することで、
安定した経営基盤が確立されていくのです。
今日から、あなたの歯科医院でも実践してみませんか?
まずは次の診療から、
患者に対しての「教える姿勢」を
意識してみてください。
患者が「なぜ」その治療や予防が必要なのかを、
患者自身の生活から説明する時間を設けましょう。
そして何より、その提案が
患者の将来の幸せにつながることを
心から信じて伝えることが大切です。
患者と歯科医院が共に成長していく関係。
それは「先生」と呼ばれる特権を
最大限に活かすところから始まります。