「医療人たるもの、経営を考えてはならない」という美しき誤解
「経営を考えては診療の根源が揺らぐ」
最近は聞く機会が少なくなりましたが、
それでも時折、皮肉めいた響きとともに
耳に入ってくる言葉です。
私が歯科医院経営のコンサルティングに
本腰を入れ始めた15年ほど前には、
この言葉をよく耳にしました。
医療の質を追求する姿勢は尊いものです。
しかし、この美しき理想だけでは、
もはや歯科医院は存続できない時代に入っています。
先生は「患者に良質な治療を提供するために
最新の診療機器が必要だ」と考えているかもしれません。
その志は間違っていません。
ただし、その考えだけで、
歯科医院経営がそれなりに上手くいっていた時代は、
もうすでに過ぎ去ってしまいました。
良質な治療を提供し続けるためには、
経営についても戦略的にならざるを得ないのが
現在の歯科医院を取り巻く環境なのです。
設備投資は経営における最も重要な意思決定の一つです。
なぜなら、そこには多額の経費が発生し、
歯科医院の収益構造そのものに
大きな影響を及ぼすからです。
では、先生の歯科医院では、
設備投資をどのような基準で判断していますか?
その投資は本当に利益を生んでいるでしょうか?
設備投資は経営の核心
経営の本質を示す最もシンプルな公式があります。
利益 = 売上 − 経費
この公式を見れば明らかなように、
利益を増やすには売上と経費の差を拡大するしかありません。
売上を増やす、経費を減らす、
売り上げが減ってもそれ以上に経費を圧縮するなど
様々な方法がありますが、売り上げにも利益にも
大きく影響するのが「経費の使い方」なのです。
設備投資は、まさにこの
「経費の使い方」最たるものの1つです。
数百万円、時には数千万円の経費が動きます。
この投資判断一つで、先生の歯科医院の利益構造は
大きく変わってしまうのです。
経営の極意は「経費の使い方にある」
という説には、一理も二理もあります。
同じ300万円の設備投資でも、
戦略的に使えば毎月30万円の利益を生み出し、
無計画に使えば返済だけが重くのしかかる
負債になってしまうのです。
だからこそ、診療設備への投資は
戦略的に行う必要があるということです。
「良質な歯科医療を提供するために
この診療設備がどうしても必要だ」と言うなら、
そのための戦略は2種類しかありません。
①設備投資を支える利益を
その投資の前に確保する計画を立てるか、
②設備投資後に売上を確実に増やす
道筋を描いて実現させるか、
の2つに1つです。
設備投資は「買う・買わない」の二択ではなく、
「いつ、どのように買い、どう回収するか」
という経営判断なのです。
投資の前後の「利益確保」戦略
設備投資を成功させるためには、
投資のタイミングと回収計画を
セットで考える必要があります。
具体的には、2つのアプローチがあります。
アプローチ①:投資前に利益確保
「1年後に新しい治療機器を導入したい。
その購入資金として、今から毎月の利益を
10万円ずつ増やしていこう。実現するには…」
このように考えるのが、
投資前の利益確保という戦略です。
たとえば、300万円の機器を導入したいなら、まずは
現在の経営を見直して月10万円の利益増を実現します。
1年間で120万円、2年間で240万円。
この間に患者からの自由診療の成約率を上げたり、
リコール率を改善したりして、
確実に利益を積み上げていくのです。
投資時には手元資金に余裕があり、
借入を起こしても返済の負担も軽くなります。
何より、利益を増やす仕組みが
すでに歯科医院内にできているため、
新しい機器を導入した後も
その効果を最大化できるのです。
アプローチ②:投資後に売上を増やす
「すぐに機器を導入したいから、
売上増の原資となる新規患者を
コストを抑えて獲得する道筋をつけよう」
こちらは投資後の売上増加を見据えた戦略です。
たとえば、マイクロスコープを導入するなら、
その機器を使った精密治療を求める患者層に
どうアプローチするかを事前に設計します。
ホームページでの訴求内容、
初診カウンセリングでの説明トーク、
自由診療への誘導フローまで、
すべてを投資前に準備しておくのです。
機器を導入してから
「さあ、どう使おうか」と考えるのではなく、
導入した瞬間から収益が動き出すように設計しておく。
これが戦略的な設備投資です。
共通する思考:投資は「回収計画」とセット
どちらのアプローチを選ぶにせよ、
重要なのは「投資した金額をいつ、どのように
回収するか」を明確にすることです。
300万円の機器なら、
月15万円の利益増で20か月で回収できます。
この計算ができていない投資は、
経営ではなく「衝動買い」です。
先生の歯科医院の投資判断基準は
明確になっていますか?
設備投資の4つの危険信号
ここで、先生の歯科医院における
設備投資の判断基準を確認してみましょう。
以下の4つの質問に答えてみてください。
危険信号①:投資効果を測定していない
最近購入した治療設備は、
毎月いくらの利益を生んでいるでしょうか?
多くの院長は、この質問に即答できません。
「治療の選択肢が増えた」という
というような定性的な効果は語れても、
「月に〇万円の利益増につながっている」という
定量的な答えは出てこないのです。
投資した資金を回収できているかどうか、
判断する仕組みがないまま
次の投資を重ねていませんか?
危険信号②:回収計画が曖昧
投資資金の回収状況を
どうやって判断していますか?
「なんとなく患者が増えた」では
経営判断はできません。
チェアタイムあたりの単価、
自由診療の成約率など、
数字で検証する習慣が必要です。
危険信号③:導入の根拠が不明確
「差別化に必要」「評判が良い」と言われて
購入していませんか?
業者は機器を売ることが仕事です。
先生の歯科医院に合っているかは、
彼らの関心事ではありません。
危険信号④:判断基準が感情的
経営対策ではなく、
先生が興味のある治療のための診断機器や
ユニットを買っていませんか?
臨床家として最新機器に触れたい気持ちは
よくわかります。
しかし、それは趣味の領域です。
経営者としての投資判断とは、
明確に分けて考える必要があります。
これら4つの質問、
すべてに自信を持って答えられましたか?
もし一つでも引っかかるものがあれば、
それは設備投資の考え方を見直すべきサインです。
まずは「投資の棚卸し」から
設備投資は、歯科医院経営において
避けて通れない重要な意思決定です。
しかし、多くの院長が
「良い治療のため」という大義名分のもとで、
経営的な検証を怠ったまま投資を重ねています。
医療の質を追求することと
経営を戦略的に考えることは対立しません。
むしろ、良質な医療を継続して提供するためには、
両者の統合が不可欠なのです。
では、先生は今日から何を始めればよいのでしょうか?
今すぐできる最初の一歩
過去3年間の設備投資を一覧表にしてください。
– 投資金額
– 月々の返済額(ローンの場合)
– 現在の使用頻度
– その機器を使った診療による月間収益
この5項目を書き出すだけで、
先生の歯科医院の投資の実態が見えてきます。
「使っていない機器」
「回収できていない投資」
「想定以上に収益を生んでいる機器」
すべてが明らかになります。
この棚卸しができれば、
次の投資判断の精度は格段に上がるはずです。
経営を戦略的に考えることは、
医療人としての理想を捨てることではありません。
むしろ、その理想を
現実のものにするための手段なのです。
まずは今日、設備投資の一覧表を
作ることから始めてみてください。









