Last Updated on 2025.9.11 by 近 義武
「絞る」罠
〜陥りやすい思考停止〜
「ターゲット患者を絞りましょう」
「歯科医院のアピールポイントを絞りましょう」
こうした言葉は、歯科医院経営のセミナーで
必ず耳にする基本中の基本ですね。
私自身もセミナー等で話すことがあります。
あなたも一度は「なるほど!」と
膝を打ったことがあるのではないでしょうか。
しかし、この「絞る」という言葉に踊らされていませんか?
「インプラントに特化すればいいんだ!」
「ヤングファミリーに特化すればいいんだ!」
と短絡的に考えるのは、実は大きな罠なのです。
私は多くの院長先生の経営相談を受けましたが、
この「絞る」という言葉を誤解している方も多いと感じています。
あくまでも「絞る」は原則に過ぎません。
「絞る」だけなら誰にでもできます。
もし「絞る」だけで成功するなら、
全国の院長先生は成功者だらけになっているはずです。
でも現実の歯科医院の経営はどうでしょう?
多くの歯科医院が足踏み状態で悩んでいるのが現状です。
なぜか?
それは「絞る」という行為にも上手・下手があるからです。
例えば、ある先生は「予防歯科」に特化すると決めたものの、
スタッフに積極的に予防歯科への誘引を行うように言うだけで
結局何も変わらなかったケースがありました。
また別の先生は「小児歯科」に特化したものの、
待合室の雰囲気ポップにして小児用の機器を揃えただけで、
小児の患者数が増えなかったというケースもあります。
「絞る」と言葉では簡単ですが、その先にある
「どう絞るか」「なぜ絞るのか」「絞った後どうするのか」
という本質的な部分を考えなければ意味がないのです。
「他院の真似」が失敗する理由
「あの先生の歯科医院は大成功している。
だから同じことをやれば自分も成功する」
こう考えて、成功している歯科医院の経営手法を
そのまま真似する院長先生がとても多いのです。
確かに、たまたまうまくいくケースもあるでしょう。
しかし、そのようなケースはむしろ例外と言えます。
なぜでしょうか?
それは、その成功している先生の歯科医院と
あなたの歯科医院では、様々な条件が根本的に異なるからです。
まず、ロケーションの違いがあります。
駅前の商業地域にある歯科医院と
住宅街の中にある歯科医院では
集客の仕方が全く違います。
次に、地域性や近隣住民の特性も異なります。
例えば、都心の高級住宅街にある歯科医院の
セラミック治療の成功事例を、
地方の工業地帯にある歯科医院が
そのまま真似しても機能しません。
さらに重要なのは、あなた自身とその先生との違いです。
その先生が得意とする分野、診療に対する哲学、
目指している方向性や目標、性格や生まれ持った資質…
これらは一人ひとり異なります。
私がコンサルティングした歯科医院で
小児歯科に成功している院長先生がいます。
その先生は子供が大好きで、自然と子供の目線に立ち、
恐怖心を取り除くのが上手だったのです。
これを、子供との接し方が苦手な先生が
単に小児歯科の設備だけ整えても成功するはずがありません。
そっくりそのまま真似してうまくいくと思う方が、
むしろ無理があるのです。
成功事例を「翻訳」する技術
では、他院の成功事例は
全く参考にならないのでしょうか?
そんなことはありません。
大事なのは「捉え方・考え方」なのです。
「いいこと言っているな、やっているな、
うちの歯科医院でもやってみよう」
という表面的な模倣では、成功するかは博打同然になります。
「うちの歯科医院では
本当に使えるか?当てはまるのか?機能するのか?」
という深い思考が必要なのです。
これは「翻訳」と同じです。
英語の文章を日本語に翻訳するとき、
単語を一つずつ置き換えるだけでは
意味が通じない文章になってしまいがちです。
同様に、成功事例も「直訳」ではなく「意訳」
する必要があるのです。
そしてさらに大事なのは、使えない場合の対応です。
多くの院長先生は、「あー、うちでは使えないな。
ダメだ。他のノウハウを検討しよう」と諦めてしまいます。
そして、誰にでも当てはまる”魔法のノウハウ”を
探し求める「ノウハウジプシー」になって迷走するだけです。
思考停止をせずに、
「その考え方を活かすなら、どうやったら使えるか?」
を「丸パクリではダメだ」と悟った後に続けて考えてみてください。
例えば、ある歯科医院が「予防歯科」で成功していたとします。
単に「予防歯科」という看板を掲げるのではなく、
なぜその歯科医院が予防歯科で成功したのかを深掘りするのです。
・予防の重要性をどう伝えているのか?
・リコール率を上げる工夫は何か?
・スタッフ教育はどうしているのか?
こうした核心部分を見極めたら、次はあなたの歯科医院の
特性に合わせた「翻訳」を行いましょう。
ある歯科医院では、インプラント治療で有名な歯科医院の
成功事例を参考にしました。
しかし、その院長先生は
「私はインプラントにそこまで自信がない」と話していました。
そこで私たちは、その成功歯科医院の
「専門性を明確に伝える」という核心部分だけを抽出し、
この先生が得意とする「根管治療」に置き換えたのです。
結果、「ドクターからの紹介患者が多く来院する歯科医院」
「特に難しい根管治療は、遠方からも来院も当たり前」
という評判が広がり、根治の患者が増加しました。
これが成功事例の「翻訳」です。
自院に合った「絞り方」発見方法
では、どうすれば自院に合った
「絞り方」を見つけられるのでしょうか?
まずは「鏡」を見ることから始めましょう。
この「鏡」とは、あなた自身とあなたの歯科医院を
客観的に映し出すものです。
具体的には、次の3つの質問に正直に答えてみてください。
1. あなたが最も情熱を感じる診療は何ですか?
単に得意なだけでなく、
「これを話すと目が輝く」と言われるような分野です。
2. あなたの元に来院するのはどんな患者?
その患者はどんな特徴を持っていますか?
年齢層、職業、価値観など、パターンを見つけてみましょう。
3. 立地や設備の強みは何ですか?
駅からの距離、駐車場の有無、
チェアの数など物理的でわかりやすい特徴です。
この3つの答えが交わるところに、
あなたの歯科医院に合った「絞り方」候補があります。
例えば、ある院長先生は「高齢者の入れ歯」に情熱があり、
歯科医院の周辺には高齢者が多く住んでいました。
そこで「入れ歯専門」ではなく
「食べる喜びを取り戻す歯科医院」という
コンセプトで特化したところ、その評判が広がりました。
絞り方に「正解」はありません。
あなただけの「絞り方」を見つけることが大切なのです。
すぐにできる「核心の見極め」実践法
上手くいっている歯科医院の話には、
必ず役に立つ要素があります。
でもそのままの形では使い物に
ならないことが多々あります。
その話の中の核心部分を拾い上げられるかどうかが、
院長先生としてのあなたの経営手腕の見せ所なのです。
すぐに実践できる「核心の見極め」のステップをお伝えします。
1. 成功事例に触れたら「なぜ」を5回繰り返す
「なぜこれが成功したのか」を5回掘り下げると
表面的な手法の奥にある本質が見えてきます。
2. 「もし私なら」のシミュレーションをする
その手法をあなたが実践するとしたら
どのような結果になるか想像してみましょう。
3. 「核心だけ」を抽出し、アレンジする
表面的な手法ではなく、
根底にある原理原則だけを自院に合わせて調整します。
この3ステップを習慣にすることで、
あなたは「ノウハウジプシー」から卒業し、自ら考え、
判断し、実行できる真の経営者になれるでしょう。
どんな優れた経営ノウハウも、それを自院に合わせて
「翻訳」できなければ宝の持ち腐れです。
明日からぜひ、成功事例に触れたときは
「丸パクリ」ではなく「核心の見極め」を意識しましょう。
あなたの歯科医院だけの成功の道筋が見えてくるはずです。