先日、とある会合に出席したときのことです。
会場を出ようとしていた私に、40代の男性が声をかけてきました。
「初めまして、近先生ですよね、著書も読ませていただきました。」
「わかりやすい内容だったので、早速色々試しました。でも正直に言うと…」
彼は少し周囲を見回してから、声を落として続けました。
「私はこう見えて、それなりに高度な技術も習得しているのですが、
ウチの医院では患者さんが増えないんです。むしろ年々減少傾向で…」
彼の表情には疲労と諦めが混ざっていました。
のちに聞いた話では、開業後も毎月のように臨床系のセミナーに参加し、
多額の投資をして最新機器を導入してきたにもかかわらず、
患者数は伸び悩み、スタッフの離職も続いているとのこと。
「技術には自信があるんです。受診してもらえばきっとわかってもらえるはず…
でも、なぜか評価されない…自由診療に繋がらない…主訴の治療だけで去ってしまう…」
このような状況、実は多くの歯科医院長が密かに抱えている悩みなのです。
高い技術力を持っているのに患者が増えない
—この矛盾していると思える状況が、なぜ歯科医療の世界では普通のことなのでしょうか?
なぜ高い技術だけでは患者は増えないのか
答えはとてもシンプル!
あなたのその技術、患者には見えてないからです。
歯科医療の技術力は、患者にとっては「見えない価値」なのです。
患者の多くは、実際の治療技術の良し悪しを正確に判断することができません。
MIコンセプトに基づいた最小限の切削で行われた技術的に完璧な修復と、
過剰切削した、ギリ及第点の修復の違いは、専門家である私たちには
「おぉ〜!」とわかりますが、患者さんには見分けがつかないのです。
例えば、神奈川県のある歯科医院の調査では、
「前の歯医者では痛かったけど、こちらでは痛くなかった」という単純な体験が、
歯科医院選択の決め手になった患者が57%もいました。
これは技術の優劣ではなく、表面麻酔の使用や注射時の配慮といった
「痛みへの対応」が評価されたケースです。
また、札幌の歯科医院では、治療の質は変えずに、麻酔注射前の表面麻酔の時間を
10秒長くするだけで患者満足度が15%向上したというデータがあります。
患者が「良い治療」と感じる基準は、私たち歯科医師が考える「高度な技術」とは別物なのです。
患者が本当に求めているもの
関東圏のとある市内の複数の歯科医院で行った患者満足度調査(n=523)では、
「医師の技術力」を重視すると回答した患者は全体の23%に留まり、
「スタッフの対応」(38%)や「説明の分かりやすさ」(35%)を重視する声が上回りました。
歯科医院側に、患者が真に求めているのは以下のような要素です。
理解と共感: 症状や不安を真摯に聞いてくれる姿勢
説明の分かりやすさ: 患者を置いてきぼりの説明をしない
安心感: 痛みへの配慮や治療の見通しの提示
利便性: 予約の取りやすさ、会計待ち時間の短さ
院内の雰囲気: スタッフの対応、清潔感
院長先生:怖くない、人柄が良い
大阪のある歯科医院では、治療の説明時に使用する資料を一新したところ、
自由診療の受諾率が3か月で1.7倍に向上したそうです。
これは治療内容や手技手法を変えたわけではなく、伝え方を変えただけの成果です。
信頼関係
院長であるあなたや、あなたの歯科医院が
「ここならそう悪いことはされないだろう」レベルの信頼すら得られなければ、
そもそも患者が来院しません。優れた技術を提供する機会も得られません。
「信頼を得られなければ、ウザい患者しか来なくなる」というのは言い過ぎかもしれませんが、
信頼関係がない状態では、治療へのコミットメントが低くて、予約のキャンセルや
治療中断を繰り返すような「ありがたくない患者」が増える傾向にあるのは事実です。
患者から信頼されるアクションプラン
1、コミュニケーション
これは患者との対話の質を高めることをさします。
言うは易し、行うは難しの典型ですが、基本中の基本です。
多忙な診療の合間でも、患者さんの話を遮らず耳を傾ける姿勢が重要です。
「この治療が終わったら何をしたいですか?」といった質問で
患者の価値観や生活を知る努力が、その後の関係性を決定づけたりもします。
また、患者一人ひとりの理解度に合わせた説明を心がけることで
「患者のことよく知ろう」という気持ちにつながり、それが行動の端々に波及します。
また、治療後のフォローアップも信頼構築には欠かせません。
痛みがないか、不具合はないかを確認する一本の電話が、
患者には「大切にされている」という実感を与えます。
外科処置をした患者などに絞って始めてみるというのもアリでしょう。
2、ホスピタリティ
スタッフの質があなたの歯科医院のサービス品質を決定づけます。
技術研修だけでなく、接遇についても定期的に研修や検討を実施することが効果的です。
月に一度「ベストスマイル賞」と称してスタッフを表彰したところ、
患者対応の質が向上しただけでなく、スタッフ間の連携も強化されたそうです。
スタッフが働きやすい環境づくりも欠かせません。
「スタッフの笑顔が患者の笑顔につながる」この考え方が長期的な成功への近道です。
3、ブランディング
差別化ポイントを明確にしましょう。
「何でも誰でも診る」ではなく、特定の分野や患者層に焦点を当てることで、
その分野での「エキスパート・スペシャリスト」としての評価を得られます。
「自分が求める患者を明確にする」
「どの分野のスペシャリストかを明らかにする」
「同時に成立する歯科医院づくりを継続して行う」
これこそが今後の歯科医院経営の要諦です。
技術と信頼のバランスが成功への鍵
あなたの高い技術力が歯科医院の基盤であることは間違いありません。
しかし、その技術そのものが患者に理解され、評価されて
患者の来院に直接つながることはありません。
結局のところ、技術は「信頼」の形で間接的に患者に評価されます。
来院にも、かかりつけ医と認識されるにも「信頼関係の構築」が不可欠なのです。
ですから良い治療をしているだけでは、信頼は得られません。
患者が「(治療も腕もよくわからないけど)この先生に任せたい」と思えるような
関係性を作ることが、歯科医院の経営を安定させる鍵となります。
技術力が高くても、伝え方=信頼構築が下手では宝の持ち腐れです。
言い方を変えるなら、技術力がまだ未熟でも、
患者との強固な信頼関係があれば、診療の機会をもらえるのです。
技術が飛び抜けている先生の歯科医院の経営が微妙だったり、
技術的に発展途上な先生の歯科医院が繁盛していたりするのが証拠です。
明日からできることを一つ挙げるとすれば、
新規の初診患者との対話時間を意識的に増やすことです。
お互いの人となりを伝え合うことが信頼構築の第1歩です。
技術向上のためのセミナー参加も大切ですが、それと同じくらい
「人間関係構築」のためのスキルアップも重要だとお分かりいただけたでしょうか。
あなた自身が理想とする歯科医院にしていくためには、
診療の「質」とともに「心」も磨き続けることが必要なのです。
そして診療の質と経営のバランスを取りながら、患者とスタッフの両方に
「またこの医院に来たい・関わっていたい」と思わせる仕組み作りこそが、
あなたが目指している「ゴール」に着実に近づく道なのです。