患者トラブルの本質
「インプラントを入れたのに噛み心地が悪いと
何度も来院されるんです。返金要求までされて…」
こんな相談、私は何度となく耳にしてきました。
あなたの歯科医院でも、治療後に
予想以上のクレームや不満の声が続いた経験はないでしょうか?
歯科医師として誠実に対応しているつもりなのに
患者からの理不尽な要求に疲弊する…
この状況が続くとき、多くの院長先生は
「説明不足だったかな…」
「もっと丁寧に対応すべきだったのでは…」
と自問自答されます。
しかし、本当の原因はそこではないことがほとんどです。
実はこれ、あなたの歯科医院が
「治療を受けるべきではない患者」まで
治療してしまっていることが根本的な原因なのです。
少し厳しい言い方かもしれませんが、
技術的に可能だからといって、すべての患者に
その治療を提供すべきとは限りません。
私は、院長としての臨床・経営経験とその後のコンサル実績を通じて、
この「適切な患者選定」こそが医院経営の安定と
院長先生の心の平和をもたらす鍵だと確信しています。
歯科医院経営において、月々の売上を伸ばそうとして
自由診療の勧奨に力を入れる気持ちはよく理解できます。
しかし、その熱意が行き過ぎると、
後で大きな代償を払うことになるのです。
この記事では、あなたの歯科医院が
本当に必要としている患者だけに最適な治療を提供し、
不必要なトラブルを避けるための具体的な方法をお伝えします。
治療を受けるべきではない患者
「治療を受けるべきではない患者」とは
どういう意味でしょうか?
これは「その治療のステージにまだ到達していない患者」
と言い換えることができます。
具体例でお話ししましょう。
重度の歯周病を抱えている患者が、
テレビCMで見た審美歯科治療に強い関心を示したとします。
その患者は、長年
「いつか笑顔に自信を持ちたい」と思っていました。
しかし、あなたが診察すると、
まずは歯周病の治療と口腔衛生習慣の改善が必須の状態です。
それなのに、あなたは患者の強い希望に押され
(あるいは自由診療の売上を考えて)審美治療を
優先してしまったとしましょう。
見た目は確かに改善されますが、
歯周組織の問題は解決されていません。
やがて歯周組織の問題から
審美治療の部分にも影響が出始め、
「高いお金を払ったのに、また問題が出てきた」と
施術者であるあなたへの患者の不満が高まります。
これが「治療を受けるべきではなかった患者」の
典型的なパターンです。
先生方の中には「でも患者が強く希望したんだから…」と
思われる方もおいででしょう。
しかし、適切な治療ステップを飛ばして
目先の要望だけに応えることは、
長期的には患者のためにならず、
先生にとっても大きな負担になるのです。
私たち歯科医師の心の中には
患者の笑顔や満足を生み出したいという思いと、
売上を確保したいという気持ちがあります。
そして本来必要なステップを踏まずに、
治療を提供してしまいたい誘惑にかられやすいのです。
しかし、その選択は予想以上の問題になることもしばしばるのです。
適切な患者選定
では、どうすれば
「治療を受けるべきではない患者」に
不適切な治療を提供せずに済むのでしょうか?
もちろん、高い倫理観など
あなたの精神力に期待する方法の間違ってはいません。
それでも、何らかの事情によってその精神力が
十分に発揮されない場面が訪れる可能性は否定できません。
健全な精神性ではいられないような、
不幸な出来事や災難、アクシデントに巻き込まれるなど
何が起こるかわからないのも、また真実なのです。
適切な患者選定は、歯科医院経営の安定と患者満足度の向上
そしてあなた自身のメンタルヘルスにも直結する重要な要素です。
以下、精神力に依存せずに、適切な患者選定を行うための
5つの具体的方法をお伝えします。
これらを実践するだけで、
あなたの歯科医院の患者トラブルは劇的に減少するでしょう。
対策①:治療イメージの伝え方を見直す
院長先生がよく耳にするアドバイスとして
「ビフォーアフターの写真を見せれば自由診療は獲得できる」
というものがあります。
確かに治療前後の劇的な変化を
視覚的に伝えることは強力です。
しかし、これが裏目に出るケースが少なくありません。
特に自由診療においては、「理想的な症例の写真」や
「痛みゼロ」「短期間で驚くほど改善」といった
過剰なイメージ情報が、患者の期待値を
必要以上に高めてしまうことがあるのです。
もちろん、症例によってはイメージ情報が少なすぎると
そもそも全く成約しない場合もあります。
基本的な保険診療であれば、具体的なイメージを
あまり示さなくても患者は受け入れます。
一方、インプラントや審美治療などの高額な自由診療の場合は…
「有名人の白い歯のような仕上がり」「違和感ゼロの装着感」
「まるで自分の歯と同じような使用感」 といった
過度なイメージ表現は極力控えるべきです。
代わりに、実際の患者の平均的な症例や
起こりうる不具合、適応期間について伝えることで、
後のトラブルを減らす方が、最終的に得られる利益を
大きくすることができます。
対策②:治療効果の伝え方を工夫する
患者は求める結果が具体的であればあるほど、
その結果に強い「期待」を抱きます。
これがどんな悪影響を及ぼすかというと…
期待通りの結果が得られなかったときの
失望感が非常に強くなるのです。
ですから、特に高額な自由診療を提案する場合は
「抽象度を適切に設定した説明をする」
というのが重要なポイントになります。
たとえば、オールセラミックの審美治療なら
「芸能人のような完璧な白い歯になります!」ではなく、
「自然な白さと透明感が得られます」
インプラントであれば「10年以上問題なく使えます!」ではなく、
「適切なメンテナンスを続けることで、長期的な機能回復が期待できます」
といった表現が望ましいのです。
抽象度というのは、症例によって変わるので 一概には言えませんが、
あなたの歯科医院で提供している治療の説明を見直してみてどうでしょう?
過度に具体的な約束をしていないか、 チェックしてみてください。
患者の期待値を適切に管理することは、治療後の満足度を高め、
クレームを減らすための重要な要素なのです。
対策③:専門的な説明を適度に挿入する
一般的に、治療の説明では専門用語を
できるだけ避けるべきだと言われています。
しかし、あえて適切な専門用語を交えて説明することで、
その患者が本当にその治療に適しているかを
見極めることができるのです。
専門書は、どの分野でも読みづらいものです。
だからこそ、本気で治療に取り組む意欲がある患者は
あなたの説明の中の専門用語も理解しようと努力します。
一方、治療の本質を理解せずに
「とにかく早く・安く・楽に」解決したいだけの患者は
専門的な説明に対して拒否反応を示すことが多いのです。
たとえば、これは!と思った患者に、インプラントを
説明する際に「オッセオインテグレーション」や
「上部構造と支台部の連結機構」といった
専門的な説明を少し取り入れてみましょう。
そして患者の反応を見て、「わかりにくい部分はありますか?」
と質問することが大切です。
また、理解しようとする姿勢がある患者は、
治療後のケアにも前向きに取り組む可能性が高く、
長期的な成功につながり易い傾向があります。
この方法は、あくまで患者を見極めるための
ひとつのフィルターでしかありません。
すべての患者に、専門用語を振りかざすべきだ!
という意味ではないので、その点には注意が必要です。
患者の反応を観察しながら、適切なレベルの説明を心がけましょう。
対策④:アフターケアの範囲を明確に
歯科医院でよく見かけるのが、患者獲得のために
「24時間対応」「いつでもご相談可能」「無期限保証」などの
過剰なアフターケアを約束するケースです。
特に自由診療においては、より手厚いサポートを
アピールしたくなる気持ちは理解できます。
しかし、これも後々の大きなトラブルの
原因になることがあるのです。
サポート体制に余裕がある
大規模医院なら可能かもしれませんが、
多くの歯科医院では院長とスタッフ数人で
運営しているのが実情です。
そうなると、どうしても
対応しきれない時期や状況が発生します。
するとどうなるか?
「約束したサポートが受けられない」
と患者の不満が高まるのです。
重要なのは、提供できるアフターケアの範囲を明確に設定し、
あらかじめ患者に伝えておくことです。
例えば、
調整が必要な場合は無料対応いたします」
当日または翌診療日に回答いたします」
など、具体的な対応範囲を示すことで、
患者の期待を適切に管理できます。
実際、治療結果に満足している患者は
最小限のサポートでも十分満足します。
アフターケアの範囲を明確にすることは、
無用なトラブルを避けるための重要なポイントなのです。
対策⑤:治療の適応・非適応を明確に
ここまでの方法に加えて、特に効果的なのが、
治療の説明段階で「この治療が向いていない患者」の
条件をはっきりと伝えることです。
具体的には、カウンセリングや治療説明の際にこのように伝えます。
毎日の丁寧な歯磨きと定期的なメンテナンスが欠かせません」
「歯磨きを毎日しっかりと行う習慣がない場合や
定期的なメンテナンスに通院できない方には、
残念ながらお勧めできない治療法です」
強い噛み合わせの力がかかると破折するリスクがあります」
「歯ぎしりの強い方や、硬いものを頻繁に噛む習慣のある方には
向いていない可能性が高い治療法です」
このように明確に伝えることで、
「それなら私には向いていないかもしれない」
と患者自身が判断できるようになります。
重要なポイントは「この治療を受けると
あなたは損をする可能性がある」と
はっきり伝えることです。
これにより、適応ではない患者による
不必要な治療を大幅に減らすことができ、
結果的にクレームや返金要求などの
トラブルを防ぐことができます。
誠実な説明は短期的には治療件数を
減らすかもしれませんが、
長期的にはあなたの歯科医院の評判と
経営の安定につながります。
経営の安定化と患者満足度向上のために
適切な患者選定と
治療の適応・非適応を明確にする5つの方法
②治療効果の伝え方を工夫する
③専門的な説明を適度に挿入する
④アフターケアの範囲を明確にする
⑤治療の適応・非適応を明確に伝える
これらの方法を実践することで、
「治療を受けるべきではない患者」への
不適切な治療提供を防ぎ、
結果としてクレームや返金要求などの
トラブルを大幅に減らすことができます。
私たち歯科医師は患者を助けたいという使命感と、
歯科医院を経営していくという現実の
両方に、しかも同時に向き合わなければなりません。
目先の売上を追い求めることで、
後に大きな代償を払うことになるケースを
私は数多く見てきました。
一方で、適切な患者選定を徹底している歯科医院は、
クレーム対応に費やす時間とエネルギーが少なく、
結果として安定した診療と経営を実現しています。
まずは明日から、あなたの歯科医院の
患者説明の方法を見直してみてください。
特に自由診療の説明資料や、スタッフの説明に
上記のポイントが反映されているかの
確認することをお勧めします。
真摯に治療に向き合う先生だからこそ、
その技術と知識を本当に必要とし、
適切に評価できる患者に提供することが
長期的な歯科医院経営の成功につながるのです。