「希少性」という魅惑的な罠
先日、ある歯科医院の院長先生と話す機会がありました。
「開業からかれこれ5回目の大型設備投資です」と
笑いながら話していました。CAD/CAMシステムを導入し、
審美修復の即日対応を始めるそうです。
その言葉の裏に、私は歯科医院経営の
根本的なジレンマを感じました。
新しい技術やサービスを導入し、
他院との「差別化」を図る…
それは歯科医院経営の基本戦略として
多くの先生が無意識に選んでいる道です。
あなたの歯科医院も、何かしらの「希少性」の
増長・増大を求めて日々奮闘していませんか?
専門性の高い治療法の導入、最新機器の設置、
独自のサービス提供、AIを活用した新ツールの導入…
いずれも他院との差別化を図り、
「この地域ではうちだけ」という
希少性を確保するための戦略です。
しかし、こうした「希少性依存」の経営は、
実は危険な罠を内包しているのです。
なぜなら、希少性に依存する戦略は
やがて経営そのものを圧迫し、
希少性を求めての終わりのない迷走に陥るからです。
私がコンサルに入った歯科医院でよく見かけた
共通課題の一つが、この「希少性依存症候群」でした。
”希少性依存”から抜け出せない現実
歯科医院の広告宣伝手法の変遷を
振り返ってみましょう。
かつては電話帳広告が主流だった時代がありました。
掲載するだけで新患獲得の強力な武器になっていました。
やがてインターネットの時代が到来し、
PC向けの歯科医院公式サイトを持つことが
「先進的な歯科医院」の証となりました。
そして現在は、スマホ対応サイトが当たり前。
さらにはSNSやWeb予約システムの導入など、
次々と新しい差別化要素が開発・売り込まれています。
治療法についても同様の現象が繰り返されてきました。
審美歯科に力を入れれば他院と差別化できた時代から、
インプラント治療が希少価値を持つ時代へ。
そして今は、アライナー矯正や予防歯科プログラムなど、
次々と新しい「希少性の源泉」が登場しています。
あなたは気づいていますか?
これらは全て「希少性サイクル」という
同じパターンを繰り返しているのです。
最初は希少性があり高収益を生み出す。
しかしその成功を見て導入医院が増加、徐々に競合が増え、
やがてコモディティ化(一般化)して利益率が低下する。
そして新たな希少性を求めて
次の資金投資先のサービスや新治療法を模索する…
この無限ループから抜け出せない歯科医院は、
常に新しい設備投資や技術習得のプレッシャーに
さいなまれ続けるのです。
これは院長先生にとって身体的にも精神的にも、
そして経済的にも大きな負担となっています。
新しい治療法への早期参入のリスク
希少性を維持したいと考える先生は、
新しい治療法や技術の「導入期」に参入する
イノベーターやアーリーアダプターになる傾向があります。
これは一見、賢明な戦略に思えますが、
実際には両刃の剣なのです。
例えば、新しいデジタルスキャナーシステムを
いち早く導入した場合を考えてみましょう。
まず、初期投資は割高
初期の導入機器は高額で、
バージョンアップも頻繁に行われるため、
追加投資が続く傾向があります。
先駆的に導入した最新のシステムが
わずか3年で「陳腐化」してしまい、
追加で800万円の投資を迫られた例もあります。
患者への周知と説明のコスト大
認知度の低い新技術は、患者に理解してもらうための
時間と労力が必要です。
チェアタイムの延長は、
結果的に診療効率の低下を招きます。
資本力のある競合の参入
さらに厄介なのは、そろそろ普及期に入った頃に
資本力のある競合が参入してくる点です。
彼らは初期のトラブルを避け、
価格が安定してから参入するため、
先行者の苦労を横目に効率的な展開が可能になります。
コモディティ化による利益率の低下
そして最も恐ろしいのが、
コモディティ化による利益率の低下です。
一般化するにつれて価格競争が始まり、
当初の高利益率は急速に縮小していきます。
希少性を維持するためには、
その分野で「日本有数の専門医」であり続けるか、
常に新しい「飯のタネ」を探し続けるしかありません。
これらはどちらを選んでも、多くの院長先生にとって、
終わりのない疲弊感をもたらす道なのです。
持続可能で唯一無二の歯科医院を創る
この「希少性サイクル」から
抜け出す方法はあるのでしょうか?
答えは「あなた自身」の中にあります。
真似・追随・模倣をされにくく、なおかつ
新たな技術や設備の追求から卒業したいのなら、
あなた自身のキャラクター、価値観、哲学に
立脚したブランディングこそが解決策です。
なぜなら、唯一無二なのは
最新技術でも特殊な治療法でもなく、
「あなた」という存在だからです。
ある院長先生は「子どもの頃の歯科恐怖体験」を原点に、
「痛みと不安を最小限にする診療」を徹底的に追求しました。
この価値観を診療の全プロセスに反映させ、
スタッフ教育から院内デザイン、患者との
コミュニケーション方法に至るまで一貫した歯科医院の
構築に邁進したのです。
その結果、特別な設備投資をせずとも
「あの歯科医院は違う」という評判がブランド化して
口コミで広がり、持続的な新患獲得に成功しました。
もちろん、ブランディングの確立には試行錯誤が必須です。
しかし、一度精度の高いブランディングが完成すれば、
設備や技術に依存しない唯一無二の歯科医院経営が可能になります。
最も重要なのは、
”あなたの「なぜ」を深く掘り下げる”ことです。
なぜ歯科医師になったのか。どんな診療を提供したいのか。
患者にどんな体験を届けたいのか、なぜこだわるのか…
「希少性」から「唯一性」へ
終わりのない「希少性サイクル」から抜け出す経過を通じて、
あなたの歯科医院に真の変化が訪れます。
最新技術や治療法による一時的な差別化ではなく、
あなた自身の価値観に基づいた「唯一性」の創出こそが、
持続可能な歯科医院経営の核心なのです。
まずは今日、一枚の紙に向かって
「私が歯科医師として大切にしていること」を
書き出してみてください。
そこから見えてくるあなたの「なぜ」が、
ブランディングの出発点となります。
その価値観をスタッフと共有し、
診療プロセスに反映させ、
患者とのコミュニケーションに取り入れる…
小さな一貫性の積み重ねが、
やがて模倣不可能な歯科医院の個性となり、
永続的な差別化を可能にするのです。
希少性は一時的です。
しかし、あなた自身に根ざした唯一性は永続します。
さあ、終わりのない投資サイクルから解放され、
あなただけの歯科医院ブランドを創り上げる旅を始めましょう。