歯科医院選びに迷う患者たち
〜なぜ似たような医院しかないのか〜
駅前を歩けば必ず見かける歯科医院の看板。
郊外の住宅地にも、ショッピングモールの中にも、
歯科医院は着実に増え続けています。
私が先日、ある地方都市で調査したところ、
半径2km以内に14件もの歯科医院が
ひしめいている地域がありました。
こうした状況の中で、あなたの歯科医院は
患者からどのように認識されているでしょうか?
あるいは患者は、歯科医院を選ぶとき、
何を基準に選択しているのでしょうか?
多くの患者にとって、歯科医院の選択は困難な問題です。
趣味で集まるイベントで、私が歯科医師だとバレると大抵の場合
「どこか良い歯医者を紹介してくれませんか?」と言われるくらいです。
なぜなら、外から見れば、どの歯科医院も
「白を基調にした構えと堅そうな雰囲気」という
似たような外観をしているからです。
私は歯科医師として30年以上の臨床経験を持ち、
200以上の歯科医院の経営改善に携わってきました。
これらは現在も続伸中ですが、その経験から言えるのは、
多くの歯科医院が「差別化」という
課題に直面しているということです。
患者の目には、あなたの歯科医院と
競合する歯科医院との違いがほとんど見えていません。
このような状況は、歯科医院経営において大きな危機なのです。
スマートフォンの普及と通信環境の整備により、
患者は以前より多くの選択肢を手に入れています。
検索エンジンで「近くの歯科医院」と入力するだけで、
数十件もの選択肢が表示されるのです。
そして患者はそこから、
直感的に「良さそうな歯科医院」を選びます。
この「良さそう」という基準こそが、
今日お伝えしたい「差別化」の本質に関わるのです。
差別化なき歯科医院経営の危機
〜1. 患者視点で見る歯科医院の同質性〜
患者は歯科医院を選ぶとき、
何を基準にしていると思いますか?
実は多くの患者は、
歯科医療の質で選んでいるわけではありません。
なぜなら、一般の患者にとって
歯科医療の質を判断することはほぼ不可能だからです。
あなたが10年以上かけて習得した技術や知識も、
残念ながら患者にはほとんど理解されていません。
患者の多くは「歯の構造」や「治療法の違い」などの
基本的な歯科医学知識すら持ち合わせていないのです。
私がある患者100人に調査したところ、
「前歯と奥歯の違い以外に、歯の名称や機能の違いを説明できる」
と答えた患者はわずか12人でした。
こうした状況で患者が実際に
”歯科医院を選ぶ基準”となっているのは何だと思いますか?
それは「立地の便利さ」「院内の清潔感」「スタッフの応対」
「待ち時間の短さ」などといった表面的な要素なのです。
ある患者はこう言いました。
「どの歯医者さんも同じに見えるから、
家から近くて、待合室がキレイなところに行くんです」
この言葉には、歯科医院経営における根本的な問題が表れています。
つまり、あなたがどれほど優れた技術を持っていたとしても、
その価値を患者に伝えられなければ意味がないのです。
患者の目には、すべての歯科医院が
「痛いところを治してくれる場所」
という同質的なイメージでしか捉えられていないのです。
さらに、患者の行動パターンにも注目すべき特徴があります。
多くの患者は「問題解決型」の受診行動を取ります。
つまり「歯が痛くなったから行く」「詰め物が取れたから行く」
という受動的なきっかけで来院するのです。
この行動パターンは、歯科医院を「修理工場」のように
位置づけてしまい、予防的な処置にとる価値を見えにくくします。
こうした状況を変えるには、患者の歯科医院に対する
認識そのものを変える必要があるのです。
差別化なき歯科医院経営の危機
〜2. マーケティング上の差別化の必要性〜
マーケティングの世界には
「差別化なくして生存なし」
という鉄則があります。
これは歯科医院経営においても例外ではありません。
むしろ、歯科医院こそ差別化が生き残りの絶対条件です。
なぜでしょうか?
それは、先生方が提供する「歯科医療」というサービスが、
患者にとって「必要だが望まれない」という
特殊な性質を持つからです。
患者は歯が痛くなれば歯科医院に行きますが、
その選択は積極的な欲求からではなく、
痛みという「避けたい状況」から生まれています。
このような市場では、差別化されていない歯科医院は
単なる「必要悪」として認識されるリスクが高いのです。
マーケティングの基本原則に「4P」という概念があります。
・Price(価格)
・Place(場所)
・Promotion(宣伝)
しかし歯科医院の場合、
「Product」は保険診療で均一化され、
「Price」も保険点数で固定され、
「Place」は通院の利便性に左右され、
「Promotion」は広告規制があります。
つまり、従来のマーケティング手法だけでは
差別化が極めて困難なのです。
では、差別化されていない歯科医院が
直面するリスクとは何でしょうか?
それは「サービス競争」と「患者の定着率低下」です。
差別化がない市場では、
患者は度を超えたサービスを求めたり
些細な利便性の差により歯科医院を乗り換えます。
差別化に成功していないある歯科医院では
リコール率(再来院率)はわずか30%程度でした。
一方、明確な差別化戦略を持つ歯科医院では
リコール率が70%を超えていたのです。
差別化されていない歯科医院は、患者にとって
「いつでも代替可能なとるに足らない場所」となり、
傍若無人な振る舞いも気にしなくなってしまうのです。
差別化なき歯科医院経営の危機
〜3. 歯科医院に差別化が特に重要な理由〜
歯科医院ビジネスには、
一般的なサービス業とは異なる特殊性があります。
それが、差別化の重要性をさらに高めているのです。
まず、歯科医院は本来
「定期的に通う場所」であるべきです。
カリエスや歯周病の予防、メインテナンスなど、
継続的な関係が理想的な医療サービスなのです。
しかし、差別化されていない歯科医院では
この継続性が失われがちです。
患者は「痛みが出たらどこかの歯科医院に行く」
という行動パターンに陥り、予防的な通院が定着しません。
次に、歯科医院は典型的な地域密着型ビジネスです。
多くの患者は自宅や職場から通院しやすい歯科医院を選びます。
つまり、限られたエリア内で複数の歯科医院と競合しています。
このような環境では、地域内での明確な差別化なしに
安定した経営を続けることは極めて困難です。
さらに、先生方の
技術的な差異は患者にはほとんど見えません。
あなたが最新の技術を学び、高額な設備を導入しても、
患者はその価値を理解できないのです。
これは「情報の非対称性」という
経済学的な問題であり、歯科医療では特に顕著です。
では、こうした特殊性を踏まえて、
どのような差別化が効果的でしょうか?
一つは「予防型診療モデル」への転換です。
痛みが出てから来院する「問題解決型」ではなく、
定期的なメインテナンスを基本とする
診療スタイルを確立するのです。
もう一つは「専門性の可視化」です。
専門性そのものではなく、
その専門性が患者の生活にもたらす具体的なメリットを
見える化することが重要なのです。
差別化戦略の必要性と信頼構築
ここまで見てきたように、歯科医院経営において
差別化は単なる選択肢ではなく、生存のための必須条件です。
患者の歯科医学知識の欠如、
市場の飽和状態、医療サービスの特殊性。
これらすべての要因が、差別化の
重要性を高めているのです。
では、今日からできることは何でしょうか?
まずは、あなた自身の歯科医院が
患者にどのように見えているかを
客観的に評価してみてください。
近隣の歯科医院と比較して、あなたの
歯科医院だけが持つ強みは何ですか?
その強みは患者に伝わっていますか?
差別化は決して派手なマーケティングや
高額な設備投資だけを意味するものではありません。
患者との信頼関係の構築方法、スタッフの対応の質、
診療の丁寧さなど、日々の小さな積み重ねこそが
本質的な差別化につながります。
差別化された歯科医院は患者の心に
「ここでしか得られない価値がある」
という認識を生み出します。
そして、その認識こそが
安定した経営基盤を築くための鍵なのです。
具体的なアクションとして、
明日から始められることを3つ挙げます。
1つ目は、来院する患者に「なぜ当院を選んだのか」を
さりげなく尋ねてみることです。
この回答から、あなたの歯科医院の
現在の立ち位置が見えてきます。
2つ目は、あなたの歯科医院の
「ビジョン」を明確にすることです。
「どんな患者に来てほしいのか」
「どんな境地へ患者を導きたいのか」
これらを言語化することが差別化の第一歩です。
3つ目は、患者の立場に立って
診療の全プロセスを見直すことです。
待合室に入るところから、会計を済ませて帰るまでの
一連の体験を患者目線で見直してみてください。
そこには必ず、差別化のヒントが眠っているはずです。
差別化は一朝一夕には実現できません。
しかし、今回お伝えした考え方を少しずつ取り入れることで、
あなたの歯科医院は患者から「かけがえのない存在」として
認識されるようになるでしょう。
その変化が、安定した経営と
充実した歯科医療の提供につながるのです。