公園で見た、ある光景
自宅近くの公園には、
1周2キロほどのランニングコースがあります。
休日の早朝、
そこを散歩するのが習慣になっているのですが、
3ヶ月ほど前から気になる光景がありました。
50代ぐらいの男性が、ジョギングを始めたのです。
最初に見かけたときは、正直なところ
「大丈夫だろうか」と心配になるほどでした。
100メートルも走らないうちに息が上がり、
ベンチに座り込んでいる。
5分ほど休んでまた走り出すものの、
すぐに歩いてしまう。
「来週にはもう来ないだろうな」
そう思っていました。
ところが、です。
その男性は翌週も、その次の週も、
変わらず同じ時間に姿を見せました。
そして驚いたことに、2ヶ月が経過した頃には
軽快に1周を完走できるようになっていたのです。
一方で、同じ時期に見かけた
20代ぐらいの女性ランナーがいました。
彼女は本格的なランニングウェアに身を包み、
スマートウォッチをつけ、颯爽と走っていました。
しかし2週間後には姿を消し、
それ以降見ることはありませんでした。
一体、何が違ったのでしょうか。
興味を持った私は、
その男性を観察するようになりました。
すると、いくつかの特徴が見えてきたのです。
まず、服装。ランニングウェアではなく、
普段着に近いジャージ姿でした。
「これから走るぞ」という気負いが
まったく感じられません。
次に、ペース。走るというより
「早歩きの延長」のような速度です。
ゆっくり、ゆっくりと、
自分のリズムで進んでいく。
そして最も印象的だったのが、
コースの途中にあるベンチで
必ず缶コーヒーを飲んでいたことです。
その時間が、彼にとっての
「ご褒美」なのだとすぐに分かりました。
この観察から、
私はあることに気づきました。
続けられる人は、
「続けられる条件」を整えているのだ、と。
そしてこの原則は、
歯科医院経営にもそのまま当てはまる——
いや、むしろ歯科医院でこそ、
この考え方が必要なのではないか。
そう思うようになったのです。
行動が続かない本当の理由
先生の歯科医院でも、
こんな経験はありませんか?
「毎朝のミーティングで情報共有しよう」
「自費診療の提案を習慣化しよう」
そう決めて始めたものの、
いつの間にか立ち消えになってしまう。
あるいはスタッフに指示しても、
最初の1週間だけで終わってしまう。
これは意志の問題でしょうか。
能力の問題でしょうか。
違います。
公園のランナーを観察して分かったことは、
「行動が続くかどうかは、
その行動が起きやすい条件を
整えているかどうかで決まる」
ということです。
50代の男性は、走りやすい服装を選び、
無理のないペースに設定し、
途中に楽しみ(缶コーヒー)を用意していました。
一方、若い女性は、完璧な装備で臨んだものの、
おそらく「毎日5キロ走る」といった
高すぎる目標を設定していたのでしょう。
歯科医院でも同じです。
「患者への丁寧な説明」が続かないのは、
説明用のツールが手元にないからかもしれません。
「毎朝のミーティング」が形骸化するのは、
話す内容が決まっていないからかもしれません。
「自費診療の提案」ができないのは、
提案後のフォロー体制がないからかもしれません。
行動科学の視点で見れば、
続く人と続かない人の差は環境設計の差なのです。
促進したい行動を定着させる
では具体的に、歯科医院で「続けたい行動」を
定着させるにはどうすればいいのか。
行動科学では、3つの技術が有効だとされています。
1. ヘルプをつける
促進したい行動を助けてくれる
「環境」や「人」を配置することです。
たとえば、カウンセリング力を高めたいなら、
トークスクリプトをチェアサイドに常備する。
患者説明が上手なスタッフと
同じシフトに入る時間を意図的に増やす。
「頑張ろう」という意志に頼るのではなく、
自然とその行動ができる環境を先に作るのです。
2. メリットをつける
行動の直後に「良いこと」が起きる
仕組みを設計することです。
自由診療の提案を習慣化したいなら、
提案後すぐに「今日の提案振り返り」を
5分だけ行う。
どんな反応があったか、
どう改善できるかを言語化することで、
次への学びが得られます。
あるいは提案直後に
「ナイス提案!」とチーム内で承認し合う。
小さな成功体験が積み重なることで、
行動が定着していきます。
公園のランナーが
途中で缶コーヒーを飲んでいたように、
「この行動をすると良いことがある」
という実感が重要なのです。
3. ハードルを下げる
行動を始めるための障壁を
できる限り低くすることです。
患者アンケートの回収率を上げたいなら、
質問を10項目から3項目に絞る。
専門用語を使わず、
小学生でも答えられる表現に変える。
最初から完璧を目指すのではなく、
「これならできる」というレベルまで
難易度を下げるのです。
50代のランナーが
早歩きの延長のようなペースで始めたように、
小さく始めることが継続の秘訣です。
やめたい行動を抑制する技術
一方で、歯科医院には「やめたい行動」も存在します。
この場合は、促進とは逆のアプローチをとります。
1. ヘルプを取り除く
その行動を誘発する環境を
物理的に排除することです。
待合室での長電話対応をやめたいなら、
受付カウンターから固定電話を撤去し、
別室での対応に切り替える。
2. 代替行動をとる
やめたい行動を
別の行動に置き換える方法です。
診療中に「つい急いでしまう」癖があるなら、
チェアタイムを5分延長設定にする。
急ぐ代わりに
「次回予約の説明を丁寧にする」という
行動に置き換えるのです。
3. ハードルを高くする
その行動を起こすための手間を
意図的に増やすことです。
安易な値引き対応をやめたいなら、
割引には必ず院長承認を必要とする
ルールを設定する。
その場で判断できない仕組みをつくることで、
不要な値引きは減っていきます。
明日から1つだけ条件を変える
意志や根性に頼るのではなく、
「行動の発生条件をコントロールする」
これが継続の鍵です。
まずは促進したい行動を1つ選び、
3つの技術のうち1つを試してみてください。
たとえば
「朝礼での患者情報共有」に
ヘルプをつけ、メリットをつけて、
ハードルを下げる。
小さな条件の変更が、
医院全体の習慣を変える起点になります。









